神戸地方裁判所尼崎支部 平成12年(わ)166号 判決 2000年8月30日
主文
被告人を懲役三年に処する。
未決勾留日数中九〇日を右刑に算入する。
この裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。
起訴状記載の公訴事実中の窃盗の点及び平成一二年七月一七日付け訴因変更請求書記載の公訴事実については、被告人は無罪。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、井上将志と共謀の上、テレホンクラブを通じて知り合った東五月(当時二二歳)を、強いて姦淫しようと企て、あらかじめ被告人が普通乗用自動車のトランクルーム内に身を隠した上、平成一一年九月一八日午前零時一〇分ころ、兵庫県尼崎市南武庫之荘一丁目一番地所在のケンタッキーフライドチキン武庫之荘駅前店前路上において、呼び出した同女を井上が運転する同車に乗車させて発進させ、同県西宮市西宮浜一丁目地先服部商店資材置き場まで走行し、同日午前零時三〇分ころ、同所で同車を停止させるや、被告人がトランクルーム内から姿を現し、同女に対し、井上が「おれらはエッチがしたいだけや。ボコボコにされたくなかったら、エッチさせろ。そしたら、帰したる。」などと怒号して脅迫し、さらに、すきを見て車外に逃げ出した同女を追い掛け、頭部を手拳で数回殴打するなどの暴行を加えた上、同女を同車に押し込み、場所を変えて姦淫するため同車を発進させ、同日零時五〇分ころ、同市西宮浜二丁目地先株式会社ユハラ西宮センター資材置き場北側路上まで同車を走行させて、右一連の暴行、脅迫によりその犯行を抑圧し、強いて同女を姦淫しようとしたが、そのころ同所において、同女が走行中の同車の窓から路上に飛び降り逃げ出したため、姦淫の目的を遂げず、その間、被告人及び井上の監視の下、前記服部商店資材置き場から前記株式会社ユハラ西宮センター資材置き場北側路上に至るまでの約八〇〇メートルにわたって同車を走行させて同女の脱出を困難にし、もって同女を不法に監禁し、その際右一連の暴行等により、同女に入院加療約五四日間を要する右第四、五中足骨骨折、左第一趾基節骨骨折、頭部打撲、右大腿挫創等の傷害を負わせたものである。
(証拠の標目)省略
(法令の適用)
一 該当法条
1 監禁致傷の点について
刑法六〇条、二二一条(二二〇条)
2 強姦致傷の点について
刑法六〇条、一八一条、一七九条、一七七条前段
一 科刑上一罪の処理 刑法五四条一項前段、一〇条(監禁致傷と強姦致傷は一個の行為が二個の罪名に触れる場合であるから、一罪として重い強姦致傷罪の刑で処断)
一 刑種の選択 有期懲役刑
一 未決勾留日数の算入 刑法二一条
一 刑の執行猶予 刑法二五条一項
一 一部無罪 刑訴法三三六条
(一部無罪の理由)
起訴状記載の公訴事実中の窃盗の訴因及び予備的に追加された器物損壊の訴因について、いずれも無罪とした理由を述べる。
一 起訴状記載の窃盗の公訴事実の要旨は「被告人は、井上将志と共謀の上、平成一一年九月一八日午前零時三〇分ころ、服部商店資材置き場において、東五月所有又は管理に係る現金約一万三〇〇〇円及び携帯電話等一八点(物品時価合計一万二八〇〇円相当)を窃取した。」というものであり、平成一二年七月一七日付け訴因変更請求書により予備的に追加された器物損壊の公訴事実の要旨は「被告人は、井上将志と共謀の上、平成一一年九月一八日午前一時三〇分ころ、兵庫県西宮市松並町所在の上武庫橋上において、東五月所有又は管理に係る現金約一万三〇〇〇円及び携帯電話等一八点(物品時価合計一万二八〇〇円相当)を武庫川に投棄して毀棄した。」というものである。
二 関係各証拠によれば、被告人らが東の現金や携帯電話等を奪うに至った経緯及びその後の処分の状況について、以下の事実が認められる。
被告人と井上は、服部商店資材置き場において、車外に逃げ出した東を車の後部座席に押し込んだ後、井上が運転席、被告人が助手席に座り、場所を変えて姦淫するために車を発進させようとしたとき、かばん(リュックサック)を車外に落としているのに気付いた東が「私のかばん、取って。」と言ったため、井上は被告人に命じて、助手席ドア付近に落ちていた東のかばん(現金約一万三〇〇〇円及び携帯電話等一六点在中。物品時価合計一万一八〇〇円相当)を拾って来させた。東は「(かばんを)返して。」と頼んだが、被告人らはかばんを東に返さなかった。東は服のポケットに携帯電話を入れていたことを思い出し、これを使って助けを呼ぼうとしたが、これを察した井上から携帯電話を渡すように命令され、かばんと引換えに携帯電話を渡すと言ったが聞き入れられず、やむなく携帯電話(時価一〇〇〇円相当)を井上に渡した。その後、東が車の窓から飛び降りて逃走したため、被告人らの手元にかばんと携帯電話が残ることになったが、井上はかばんの中身をよく確認することなく、東から奪った物のすべてを被告人に渡して川に捨てるように指示し、被告人はかばんの中身を確認しないまま、井上の指示どおり、東から奪ったかばんと携帯電話を上武庫橋の上から武庫川に投げ捨てた。
これらの事実関係によれば、被告人らは、服部商店資材置き場において、東からのかばんの返還請求を拒絶し、更に携帯電話を取り上げた時点で、公訴事実記載の物品について東の占有を排除し、占有を取得していると認めることができる。
三 ところで、窃盗罪が成立するためには、占有奪取の事実に加えて、行為者に「権利者を排除して他人の物を自己の所有物としてその経済的用法に従って利用又は処分する意思」、すなわち不法領得の意思が必要であると解されているので、次に被告人らが東からかばん等の占有を奪取した目的について見てみる。
この点につき被告人は、東にかばんを返さなかったのは井上に指示されたからであり、井上なりの理由があるのだろうと思って指示に従ったと供述しているところ、井上は、東にかばんを返さなかった理由として、<1>かばんの中には携帯電話が入っているかもしれず、携帯電話を使ってどこかに連絡を取られたら困ること、<2>姦淫させてくれないとかばんを返さないという脅しの手段に使うことの二点を挙げ、携帯電話を取り上げた理由も同様であったと述べている。そして、そもそも東の求めに応じてかばんを車外から拾って来たことがかばんを奪取する発端になっており、当初は東のためにかばんを拾ってやるという意識があったものと推察されること、東の逃走後被告人らは、かばんの中身をよく確認することなく、そのまま投棄していることなどの状況に照らせば、井上の右供述は十分に肯首できるものであって、被告人らの意図は強姦の犯行を首尾良く運ぶための手段としてかばん等の占有を一時的に奪うというものであったと認められ、かつこれに尽きるものであったというべきである。そうすると、被告人らにかばん等の財物そのものから生ずる何らかの効用を享受するという意思があったとはいえないから、不法領得の意思を認めることはできない。
これに対し検察官は、被告人らに<1><2>のような意図があったことは否定できないとしても、女性のかばんの中には金員が入った財布等が入っているのが通常であり、被告人らもその点について認識していたと認められることからすると、被告人らにかばん内から金員を奪う意思が並存していたと認められるとした上、「経済的用法に従って利用又は処分する意思」について緩和された今日の解釈の下では、被告人らに不法領得の意思に欠けるところはなかったと主張するが、そのような通常考えられる事情から直ちに、被告人らにかばん内から金員を奪う意思があったと認定することができないのはもとより、他に被告人らにかばん内から金員を奪う意思があったと認めるに足りる証拠はない。また、「経済的用法に従って利用又は処分する意思」の内容については、確かに文字どおりの意味での「経済的用法」である必要まではないと解されるが、不法領得の意思の要件は毀棄目的での占有奪取行為を窃盗罪と区別する機能を担ってきたところ、刑法が窃盗罪を毀棄罪よりも重く処罰している主たる理由が犯人の意図が物の効用の享受に向けられる行為に対してより強い抑止的制裁を必要とすることにあることにかんがみれば、「経済的用法に従って利用又は処分する意思」の解釈としても、少なくとも財物そのものから生ずる何らかの効用を享受する意思であることを要すると解すべきであって、前記<1><2>の意思では、いまだ不法領得の意思を認めるに足りないというべきである。
したがって、主たる訴因の窃盗について、被告人らに不法領得の意思を認めることはできないから、被告人らのかばん等の占有奪取行為は窃盗罪を構成するものではないと考えるのが相当である。
四 進んで、予備的訴因について検討するが、検察官は、被告人らが東からかばん等を奪取した後に、これらを川に投棄した行為をとらえて器物損壊罪を構成するとしている。
そこで改めて、被告人らのかばん等の占有奪取行為を法的にどのように評価するかが問題となるが、前記のとおり、かばんの中に入っていると予想される携帯電話、あるいは東が別に所持していた携帯電話を使用させないということが、被告人らの目的の一つであったこと、被告人らの占有奪取行為により東は当時、助けを呼ぶために正に携帯電話を必要とする状況にあったにもかかわらず、携帯電話を使用することを妨げられる結果となったことが認められるところ、器物損壊罪にいう毀棄は、必ずしも財物を有形的に毀損することを要せず、隠匿その他の方法によって財物を利用することができない状態におくことをもって足り、その利用を妨げた期間が一時的であると永続的であると、また、犯人に後に返還する意思があったと否とを問わないものと解されるから、被告人らの占有奪取行為は器物損壊罪を構成し、かつ既遂に至っているものというべきである。そうであれば、かばん等が返還されるなどして東が携帯電話を使用できない状態が解消されたような事情が認められない本件においては、被告人らが占有取得後に川にかばん等を投棄した行為は、先行する占有奪取行為と別個の法益を侵害しているとはいえないから、器物損壊罪の不可罰的事後行為に当たるというべきである。
したがって、予備的訴因の器物損壊について、被告人らのかばん等の投棄行為は器物損壊罪を構成するものではないといわざるを得ない。
(量刑の理由)
本件は、被告人外一名がテレホンクラブで知り合った被害者を姦淫しようと企て、被害者を車に監禁するとともに、強姦は未遂に終わったが、被害者に傷害を負わせた強姦致傷及び監禁致傷の事案である。
被告人らは自己の性欲の赴くままに被害者を輪姦しようとしたものであって、被害者の人格を無視した動機に酌量の余地はない。被告人らはいわゆる援助交際の相手を装って言葉巧みに被害者を呼び出した上、一名は車のトランク内に隠れて一対一であるかのように装い、被害者を安心させて車に乗せ、人気のない場所に連れ込んでいるのであって、計画的かつ巧妙である。本件で姦淫が未遂に終わったのも、被害者の行動に疑問を抱いてこれを監視していた被害者の知人が危機を察知して救助しようとした偶然の事情に端を発して、被害者が走行中の車の窓から飛び降りたことによるものであって、このような偶然の事情がなければ姦淫が既遂に至っていた可能性が高かったものと考えられる。被害者は入院加療五四日間を要する骨折等の大怪我を負ったのであって、生じた結果も重大である。そのほか、被告人らは犯行後第三者の犯行にみせかけるために使用した車を放置し、虚偽の盗難届まで提出しており、犯行後の情状もよくない。
他方、被害者は深夜、いわゆる援助交際の目的で共犯者の呼び出しに応じて、車に乗った点で軽率な点があったことは否定できないものの、人気のない場所に連れて行かれ、複数の者から姦淫されることなどは予想外のことであって、そのような場所で突然トランクルーム内から男が現れ脅迫された際の恐怖感、車から逃げ出したものの暴行され再び車に押し込まれた際の絶望感は大きなものがあったものと推察され、走行中の車の窓から飛び降りるという危険な方法で逃走せざるを得なかったのも無理からぬところである。
そして、被告人は共犯者から犯行を持ち掛けられるや、これに安易に応じて、共犯者と終始行動を共にし、犯行後には被害者のかばん等を川に投棄したり、虚偽の盗難届を提出するなどの罪証隠滅工作までしているのであって、その関与の程度は小さいとまではいえず、そうとすると被告人の刑事責任は重大であるといわざるを得ないが、前記のとおり被害者に軽率なところがあったことは否定できず、また、姦淫が未遂に終わっていること、被害者の怪我の主たる原因が走行中の車の窓から飛び降りたことにあること、本件を主謀し被害者に暴行脅迫を加えているのは共犯者であって、被告人の関与は従属的であること、被害者に三五〇万円を支払って示談が成立し、被害者が被告人を宥恕していること、犯行を素直に認めて反省の態度を示していること、身柄拘束期間が長期にわたり、本件により職場を懲戒解雇されるなど既に相当程度の制裁を受けていること、前科がなく、まだ若いこと、母親が監督を約束していることなど被告人に有利に斟酌すべき事情が多々認められるので、今回は主文の刑を科してその執行を猶予するのが相当である。
(求刑 懲役四年)
(編注)第1審判決は縦書きであるが、編集の都合上横書きにした。